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ロシア正教の異端・去勢派「スコプツィ」

ロシア正教の異端・去勢派「スコプツィ」

 

※注意!性的表現がメインの記事で、下ネタを含みます。

※痛々しい表現があります。該当箇所に注意書きをしますので、読み飛ばしの参考に。

 

キャラクターの紹介はこちらからどうぞ。

 

この記事でわかること

  • スコプツィ(去勢派)の概要説明
  • スコプツィはどのようにして誕生したのか
  • どのような方法で去勢するのか
  • 去勢して、何を目指すのか?

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金太マスカット、ナイフで切る。

金玉スカッとナイフで切る。

…というのは1975年の名曲「金太の大冒険」ですが、私が生まれる前の曲にも関わらず、普通に男子の間で流行ってました。

令和の今も、子供たちの間で局所的に何度も小ブームを起こしている模様。

 

 

キリスト教には様々な「異端」が存在しますが、その中でもひときわ異質なロシアの「スコプツィ」と呼ばれる宗派が存在します。

これは通称・去勢派と呼ばれ、その名の通り、信者は去勢を是とします。

スコプツィには現在も信者が在籍すると言いますが、この最後の報告は2006年と思われ、2024年現在どうであるのかは不明です。

 

彼らはどうして去勢するのでしょう?

なぜ近年でも存在が確認されるほど、根強く人々に指示されたのでしょう?

 

スコプツィについては、詳細に語ると予備知識のない方には理解が難しくなります。

今回ははじめての方にも極力理解できるように説明するつもりですので、めちゃくちゃ詳細に知りたいという方には、青山太郎「ロシアの性愛論」(2001年)という九州大学のデータベースで閲覧できる論文をオススメします。

 

 

スコプツィ・去勢派って何をするの?


スコプツィ(Skoptzy)は、日本語では他に去勢派、去勢教、スコプチ、スコプティ、スコープチェストボとも表記されます。一般的には「スコプツィ」「去勢派」と呼ばれることが多い宗派です。

なお、去勢をおこなう宗教自体は他にも様々存在します。

 

スコプツィはロシアのキリスト教の一派に分類されます。

しかし、勘違いすべきでないのは、あくまでもこれはロシアのキリスト教なのです。

一般的に誰もが思い浮かべるキリスト教は、カトリックやプロテスタント等だと思いますが、それらとは根本的に異なっています。

キリスト教がそれぞれの国において独自の変化・発展をすることは珍しくなく、中でも特異な「アフリカ独立教会」などはその最たるものです。アフリカ独立教会はイエスキリストを重視せず、聖霊の憑依・忘我現象などアミニズム的要素を重視します。

ではロシアのキリスト教から派生したスコプツィとはどのような宗派なのでしょうか。

 

 

スコプツィは、19世紀初頭に鞭身派(フルイスト派)から派生したとされます。

キリスト教のロシア正教会から派生した鞭身派(フルイスト派)から更に派生した異端の一派が「スコプツィ」です。スコプツィとは古ロシア語で「去勢された」という意味の語ですので、「去勢する宗派だよ」というストレートな名称です。

動画サイト等で、そもそもスコプツィと鞭身派(フルイスト派)が混同されて説明されていることがありますが、双方関係はありますが、信仰としては別です。

 

 

スコプツィは鞭身派(フルイスト派)から派生した「下位組織」ですから、説明するためにはまず鞭身派(フルイスト派)について説明する必要があります。

 

鞭身派(フルイスト派)とは?


鞭身派、という呼称は誤解から生まれた呼称です。

ですから日本語におけるこの呼び名は認知をややこしくするだけですので、以後は先入観を取り払うためにフルイスト派と述べます。他にハリストゲストポ、フルイストゥイ、フルィストィなど語訳上の表記ゆれがあります。

 

鞭身派という誤解から生まれた名前で呼ばれた理由は、彼らフルイスト派がおこなっていた儀式の騒音が激しかったからです。この騒々しい儀式から「鞭打ちをおこなっているのではないか?」という疑念から生まれて呼ばれはじめたものであり、フルイスト派自体が本当に鞭打ちを行っていたという記録はありません。

 

このフルイスト派の起源について、明確には判明していません。

しかし彼らは聖書の中で語られる「創世紀」のアダムとイヴに関し、独自の解釈を持ちます。

 

彼らにとって、霊魂こそが善であり、肉体は悪です。

 

彼らの思想によると、アダムとイヴは、本来性別を持たずに誕生しました。

しかし知恵の実の半分を食べたアダムの体の中で、果実は精巣に変化します。もう半分の果実は、イヴの中で乳房を作ったのです。そうして肉体が交わり性行為に至った、その行為そのものが最初の罪だと信じるのです。

これこそが人類の罪のはじまりで、元々は性など持たない純真で完全な魂だったのに、蛇にそそのかされて知恵の実を食したばかりに性という永遠の誘惑を知り、そのために肉体(悪そのもの)を生み出し存続し続けることこそが、人間の最大の罪なのです。

 

つまり彼らフルイスト派からすれば、「性」そのものが罪悪なのです。

 

ただ、フルイスト派はあくまでも思想としてこれらを信じていただけで、表現としての実際の信仰にはグラデーションがあったと言われています。

つまり、フルイスト派ではあるけれど、普通に結婚や不倫にまで至る者から、性交はするが結婚はしない者、性交も結婚もしない者等です。しかし全体としては、結婚はしても子を設けない者が多かったようで、これに関してはロシア正教会から何度も「信者は子供をつくりなさい!これは神の意思です!」と勧告を受けていました。

 

まぁ、増えなければ構成員は減る一方ですしね。

 

とは言え、フルイスト派の儀式は「性欲という煩悩を捨てるためのもの」だったので、これを成すためにかなり騒々しい夜会を定期的に行っていました。

この儀式は「ラジーニェ」と呼ばれ、忘我の境地に至る程の夜通しの激しい踊りなどをおこなうのですが、この騒音の激しさが様々な誤解を生み、鞭打ちをしているんじゃないのか…乱交をしているんじゃないのか…生贄の儀式をしているんじゃないのか…血みどろの危険な供犠をしているんじゃないのか…など様々な憶測を呼びました。全て誤解です。

実際のラジーニェでは、性欲を捨てるために、スクラムを組んで飛んだり跳ねたり回転したりしていました。

 

このような誤解がスコプツィの上部組織であるフルイスト派に対して持たれていたので、フルイスト派やスコプツィはグノーシス派であると思われることがありますが、厳密にはグノーシス派とは別のものです。信仰表現が「去勢」という過激なことなので、血みどろ感の強いグノーシス派と関連があるのでは?と思いがちですが、スコプツィもフルイスト派も思想の根本は聖書の解釈の問題です。

グノーシス派とは、一般的にキリスト教伝播以前の古信仰・自然信仰とキリスト教の結びつきから派生したものを指しますが、スコプツィの去勢はそのような理由ではありません。むしろ思想のベースは厳格すぎるほどのキリスト教です。

 

 

やがてこのフルイスト派から「スコプツィ」が誕生することになります。

開祖はコンドラーチー・セリヴァーノブ、18世紀後半~19世紀初頭のことです。

 

 

真の信仰があるなら去勢出来るはず!


コンドラーチー・セリヴァーノブ(コンドラティ・セリワノフ)は、スコプツィの開祖ですが、元々はフルイスト派の信者でした。

 

フルイスト派はロシア正教の分派にあたります。

先ほども書きましたが、ロシアのキリスト教はロシア特有の要素を持っています。

これには様々あるのですが、特にフルイスト派には「カラーブリ(船)」というシステムが存在します。システムと言うとやや語弊があるのですが、このカラーブリとはフルイスト派内の地域集団を指します。

つまり、ロシア全土に存在するフルイスト派の信者たちは、地域ごとの小集団にわかれているのです。青山太郎「ロシアの性愛論(7)」ではこれを「フリーメイソンのロージ(ロッジ)にあたるもの」と記されていますが、これもメイソンに詳しくないと意味が理解しにくい。

 

このカラーブリは現代宗教においても使用される概念で、この世の人間を「カラーブリ(船)」に乗っているものとそれ以外に区別する考え方です。

これは、フルイスト派とそれ以外を二分というより二極化させる考え方・呼称です。この呼称には、心理的に「自分たちを選ばれし者(目覚めた者)側とし、それ以外を選ばれなかった(目覚めていない者)側とする」効果があり、カルト宗教で度々使用される、認知心理学領域のテクニックだったと思います。違ったらすいません。名前が出てこないので思い出したら追記します。

 

 

さて、このフルイスト派ロッジには、小キリスト(預言者=基本的には男性がなるが、男女問わず)と女預言者(女性)の指導者が必ずリーダーとして存在し、つまり教派全体を通して見ると大量のキリストが存在しているという状態です。フルイスト派のフルイストという名称は、ロシア語でキリストの複数形を表します。

この小キリストはキリストと同一視されているわけでは無く、神が遣わしたキリストと同様の役職者とでも思ってください。

 

 

さて、のちのスコプツィ派開祖であるコンドラーチー・セリヴァーノブは、カラーブリのキリスト(預言者)のような指導者側の人間ではありませんでした。

フルイスト派の一人の信者でしかない、農夫だったのです。

後に「一信者であったときから彼の存在感は違っていた」と証言する者もありましたが、真実は謎です。後のスコプツィ信者たちが、セリヴァーノブの功績を誇張する傾向があり、彼もそれらを一切否定しなかったためです。

 

まず大前提として、スコプツィ以前のフルイスト派でも、去勢は尊敬される行為でした。

ただしグラデーションはあるものの、フルイスト派は基本的に性交を糾弾したり罰を与えるようなことは無かったのですが、去勢自体は肯定される行為であり、去勢した者は「神人」「神の人」と呼ばれました。

しかしフルイスト派はカラーブリによって毛色が異なります。

あるカラーブリではフルイスト派として「性は罪悪」と言いながらも預言者であるキリストのみは信者の女性十数人と肉体関係を持ち、自分は免罪されているのだという盾を持って放蕩を尽くしていたこともありました。

 

この状況に対し、「真の信仰があるのなら去勢できるはず」と強く説いて回ったのが、スコプツィの開祖、コンドラーチー・セリヴァーノブだったのです。

腐敗する宗教指導者たちを目にする信者たちの前に現われたセリヴァーノブの、信仰心を試すような強い主張と敬虔すぎる信仰は、次第に人の心を動かし始めます。

 

 

セリヴァーノブの生涯


コンドラーチー・セリヴァーノブは、1732年に生まれ、1832年に没したと言われます。

つまり、没年齢は100歳です。これが本当なのか、出生年が後付けなのかはわかりません。

 

セリヴァーノブの登場について、はっきりとしたことはわかっていません。

ただ、1700年代後半には明確に、去勢すべきということを農村に説いて回っています。これは当初、先行して他村の逃亡地主アンドレイ・イワノフ・ブローヒンが行っていましたが、後にセリヴァーノブと組んで二人での布教となりました。

1772年頃、ソスノフカ村周辺に彼は定住し、そこにはアクリーナ・イワーノヴナという女性預言者が所属するカラーブリが存在しました。セリヴァーノブはそのカラーブリに一信者として所属します。計算上ではセリヴァーノブが40歳の時のことです。

セリヴァーノブはこのカラーブリには馴染むことができませんでしたが、アクリーナとセリヴァーノブの間には互いに尊敬の念があったと言われています。

 

セリヴァーノブはソスノフカ村で60人以上に去勢を施したと言われていますが、このこともあって、後年ソスノフカ村はスコプツィの聖地であるとされています。

文献によっては

 

「スコプツィはソスノフカ村にて、キリストであるセリヴァーノブと、女預言者アクリーナと共に創設された教派である。」

 

と書かれることもありますが、実際にはセリヴァーノブはキリストではなく一農民です。

このカラーブリのキリストはアンナ・ロマーノヴナですので、セリヴァーノブではありません。

そしてアクリーナが開祖の片割れと言われるほどに布教に関わっていたのかは不明です。ただ、セリヴァーノブは終生彼女のことを尊敬していたようですが。

 

ちなみに、セリヴァーノブは夜会ラジーニェを考案し、フルイスト派の異端として処刑されたアンドレイ・ペトロフという男が、何らかの手引きによって処刑を逃れ、名を変えて活動を始めたその人ではないかとも言われますが、これも憶測でしかなく、真相は不明です。ただ、セリヴァーノブはこの後の人生において数回に渡って支援者の手引きで脱獄しており、あながち的外れな話ではないかもしれません。

 

 

ここからスコプツィは次々に信者や支援者を増やします。

開祖セリヴァーノブも何度か投獄されるのですが、逃亡や流刑などを経ながらも、着々と信者を獲得していきます。やがてはセリヴァーノブこそが暗殺された元皇帝のピョートル3世であるとの噂も立ち始め、影響力は無視できないものとなります。この噂を流布したのは、彼の脱獄を手引きしたシベリアの商人たちであったといいます。

セリヴァーノブは自分自身を元皇帝であると直接口にはしていないそうですが、絶妙にこれを否定しない(肯定もしない)その態度が、周囲の熱量を加速させていきました。

これに関し、セリヴァーノブ自身が元皇帝と言って信者を獲得しようとした、と書かれることがありますが、おそらくはそんなこと言ってません。ただ、否定しなかっただけです。

 

結局スコプツィの影響力は凄まじいうねりとなり、クーデターのための政治的利用未遂、数度の逮捕・投獄を経て、最終的には1820年の投獄によって1832年に獄中死することになります。最期は痴呆や幼児退行が見られたそうです。

 

スコプツィは開祖の死後も長く続き、ロシア国内やバルカン諸島で2006年時点でも活動を続けていると言います。また、アメリカ合衆国の東海岸にて、孤児の受け入れ活動などの慈善事業をしながら細々と生き残っているそうです。

1980年代には、シベリアの一部地域では、流刑になった信者たちがコミューンを作って生活を共にしており、ブカレストでの目撃例もあるそうです。

近代のスコプツィは基本的に初期のスコプツィとは違い、子供を産んでから去勢するという風潮になっていたようですので、人口が減滅することはなかったようです。

 

 

そもそも、なんで去勢…?


まず上部組織であるフルイスト派も去勢に関しては肯定的でしたが、セリヴァーノブからすると、この程度の認識では生ぬるいのです。ですからセリヴァーノブはフルイスト派を非難しました。

フルイスト派は、性を罪悪と考えてはいましたが、性交・恋愛せずとも、恋愛感情や情欲の存在自体は否定しなかったからです。セリヴァーノブは、それらすべてを否定すべきと考えるのですから、生ぬるいのです。

 

セリヴァーノブは自伝の中で、かなり厳しくこのことについて述べています。

 

悪しき官能を遠ざけ,男は女と,女は男と,無駄口や笑いを交わすな。笑いから宮能は生ずる。

けだし官能とは磁石のようなもので,その特性は近くにある鉄を惹きつけることだが,女の魅惑も同様に,女と真近く交わる男をその生まれながらの特性によって惹きつけ,知らぬ間に人心へ入りこみ,衣魚のようにあらゆる徳を食い尽くし,神の恵みを放逐する。

コンドラーチー・セリヴァーノブ「書簡」

(青山太郎「ロシアの性愛論」)

 

 

意外にも去勢派スコプティの信者は富裕層や貴族に多く、彼らの中には自分の息子(未成年)に対して去勢をおこなう者や、多額の献金をおこなう者も多かったようです。

近代のスコプツィは夫婦の間に子供を設けてから去勢をおこなうのですが、最初期のスコプツィは子供の有無など関係なく去勢=純潔の証明なのです。

後述しますが、特に男性に関しては、この去勢にもかなり入念な方法を取り入れています。

 

しかし去勢をする、しかも若くして去勢をすると子孫が増えません。

つまり、信者は先細りなのです。

このため新しい信者獲得のために、信者たちは勧誘を熱心に行いました。裕福層では時には孤児などに金を積んで「金で去勢を買う」ようなこともしたのです。

 

そしてスコプツィはフルイスト派の下部組織です。つまりこれがどういうことかと言うと、フルイスト派の信者とスコプツィの信者は重複していることが多いのです。スコプツィに裕福層の支持者が多いということは、スコプツィを抱えるフルイスト派の支持者に裕福層が多いということでもあります。

加えて、信仰のために去勢を出来る人間がどのような信者であるのかと言えば、めちゃくちゃ熱心な「キリスト教信者」でもあるのです。

フルイスト派やスコプツィが異端であるとかないとか以前に、彼らはまるっとロシア正教会の構成員でもあり、敬虔すぎるほど敬虔な彼らは、ロシア正教会に対して非常に真面目な献金と祈りを捧げる存在でもありました。

 

最終的には彼らの存在感は政治的にも無視できるものではなくなったので、正教会からも弾圧せざるを得なくなりましたが、かなり長期間信者を爆増させて野放しになっていたことには、このような裏事情もあったのです。

 

 

スコプツィ派の去勢方法


具体的な内容を記述します。

残酷表現、性器切除表現等の痛々しいものを見たくない方は、次の項目までスキップすることを推奨します。

スコプツィ派の去勢は、女性よりも性欲の強い男性性器に対して特にしつこい入念さがあります。

 

去勢手術に特別な儀式は存在しません。

まず、教派の最初期に行われていた「火による洗礼」は、熱した鉄棒で睾丸を焼くというものでしたが、これは苦痛が大きい割に非効率であったため、後にもっと簡単な方法に置き換わりました。苦痛を耐えること自体は、本来の目的ではないからです。

なお、このような去勢を全三段階の「白化」と呼びました。

開祖セリヴァーノブは第三段階目まで実施済みだそうです。

  1. 睾丸の根元を縛る
  2. 睾丸を台に載せる
  3. 睾丸の根元にナイフをあてる
  4. そのナイフを木槌で打って、一気に切り落とす
  5. 切断面を焼く(止血・消毒)

以上が第一段階、睾丸の切除「小封印」です。

 

まぁ…金玉を切り取って、感染防止のために切断面を焼くんですね…。

去勢は全三段階、別途去勢ではない手術が二種存在します。

 

当初のスコプツィはここまでを去勢としていましたが、これには次第に不都合が生じます。

睾丸除去手術は簡単で、苦痛が大きくとも短期間で済んだのですが、性欲消失効果が薄いことが判明したのです。

なぜなら子供ならともかく、成人男性がこの方法で去勢をおこなっても、性衝動は消滅しない場合が多かったのです。(減退はします)それだけではなく、術後しばらくの間は睾丸がなくとも陰茎は勃起し、性交が不可能ではないことが判明します。

 

え?そうなの?マジで?というのが正直な感想なんですけど、そうらしいです。

 

そういったわけで、これだけでは不十分ですので、続いて第二段階「大封印」と呼ばれる、陰茎切除手術が登場します。「大封印」をおこなうと、信者は「大天使」と呼ばれるようになります。

 

陰茎除去は睾丸の時と同じような工程で淡々と行われますが、ひとつ違う点があります。陰茎には尿道が通っているので、切除したままで治癒させてしまうと、傷口の癒着によって排尿困難となってしまいます。

これを防止するため、切除後の尿道口には釘を差し込んでおく必要がありました。

当然ですが、陰茎切除である第二段階の「大封印」はとてつもない苦痛を要し、半年以上痛みに苦しみ続ける人もあったといいます。

 

第三段階は胸の筋肉の切除、第四第五段階はそれ以外の場所に十字架を模した火傷のあとをつけることを指します。開祖セリヴァーノブは第三段階目までをおこなっていたと書きましたが、これはつまり胸の筋肉の一部を切り取るところまでということです。

 

 

では女性に対してはどのような去勢が行われたのでしょうか。

実際問題、女性に対して民間手術レベルで去勢を施すことは不可能です。卵巣の抜去や子宮摘出などできません。そのため女性に対する去勢は「してもしなくても、どちらでもOK」という軽いものでした。

 

加えて「邪蛇の囁き」である強い性衝動は男性を襲うものであるという認識でしたので、どちらにしてもまず重要なのは男性の性衝動をゼロにすることでした。

 

それでも去勢を望む女性信者に対して、形式的な去勢を行なうことは珍しい事ではありませんでした。この場合、実施の多くは乳房の切除です。睾丸と同様に、ナイフでえぐり取って焼くことで出血を止めます。

多くの女性はここまででしたが、場合によっては陰唇や陰核を切除することもありました。ほぼアフリカ先住民族の女性器割礼と同様の内容で、妊娠に影響はありません。快楽を奪うという目的のみになります。

なお、切除した乳房を皆で食べるということが行われた、という記述もありますが、この真偽は不明です。そんなことをする霊的な理由がわかりません。フルイスト派でもそうなのですが、社会から疎まれた信仰であるために、ゴシップ的な噂が付いて回ることが少なくはありません。

 

ちなみに少ないとは言いますが、この去勢により死者が出ています。

100年で15件以下とされていますが、この数字は疑問視されています。報告が無ければ件数はカウントされません。

 

ただ、落合雄彦「アフリカの女性とリプロダクション-国際社会の開発言説をたおやかに超えて-」(2016年)でも、医療の整わないアフリカ農村部の性器割礼・切除の死亡件数は、以外にも少ないことが語られています。

反面、ニューギニア諸島周辺の原住民の男子割礼手術では、相当数の死者が出ています。この場合は、めちゃくちゃ死亡するからこそ、生存者=一人前の男という称号を得ます。

 

何にしても、睾丸のみの切除であれば死亡率は低く、これは睾丸と人体をつなぐ部分には人体において重要な器官が存在しないからです。ただし、神経は三種類通っているらしく、めちゃくちゃ痛いそうです。

 

 

 

なぜスコプツィは、信仰の為にここまでするのか?


聖書は性行為を否定していません。むしろ、肯定的とも言えます。いや、肯定的というよりも、絶対重要事項です。

「創世紀」に至っては子供を産むためであれば、近親相姦すら厭わない記述なんかも存在します。

むしろ性的不能者に人権は無く、苛烈な制裁を加える記述も存在します。

つまり、「聖書」自体は性を肯定していますし、性衝動は神の意思なのです。

神の意思が性衝動だから、性行為も神の意思だし、その結果妊娠するかしないかも神の判断です。これについては「創世紀」30でヤコブがそのような発言をしています。

 

また青山太郎氏は「申命記」23にも、「外郭(睾丸)を傷そこなひたる者または玉茎(陰茎)を切りたる者はエホバの会に入るべからず」という文言が存在し、これをセリヴァーノブが知らなかったとは思えない、と述べています。

なぜなら、古代において去勢は犯罪者への処罰であったからです。

 

ですからロシア正教会はフルイスト派に対し、性交は神の意思で人間の職務だから、性交をして子を設けろと勧告するのです。

だから弾劾するのです。

 

 

しかしスコプツィは、「マタイ伝」の次の一節を去勢の根拠にします。

 

「それ生れながらの闇人あり,人に為られたる闇人あり,また天国のために自らなりたる闊人あり,之を受け容れうる者は受け容るべし」マタイ伝19

 

「『姦淫するなかれ』と云へることあるを汝等きけり。されば我は汝らに告ぐ,すべて色情を懐きて女を見るものは,既に心のうち姦淫したるなり。もし右の目なんぢを蹟かせば,挟り出して棄てよ,五体の一つ亡びて,全身ゲヘナに投げ入れられぬは益なり。もし右の手なんぢを顕かせば,切りて棄てよ,五体の一つ亡びて全身ゲヘナに往かぬは益なり」マタイ伝5

 

しかし、常識的(?)に考えるのであればこれはあくまでも比喩表現であり、別に聖書は「産むことは悪」だなんて言っていないのです。これも非難しているのは姦淫です。

姦淫は、倫理的に許されざる肉体関係を指します。

夫婦の営みについて罪悪だなんてことは、全く記述していないのです。

 

ですから、理由や根拠以前の問題として、セリヴァーノブ自身に性忌避に関する異常執着に近いものがあったと見るべきです。

 

「ロシア教会史」において著者N・M・二コリスキーはもっと直接的に

「ブローヒンとセリヴァーノブが(中略)よくある精神病質タイプの人々に属していたことは疑いない。」

と述べています。

 

実際にセリヴァーノブは、彼の価値観で「生ぬるい」ことをやっているフルイスト派を敵視し、非難しています。フルイスト派なんて、セリヴァーノブからすれば児戯なのです。彼の価値観で言うなら、異性に対して少しでも心が動いたり、笑いかけたいと感じたら、この時点でアウト。何らかのほのかな好意を押しとどめる、これすら罪悪です。一切心が揺らがず、常に徹底して冷淡であらねばならない、それこそが純潔であると説いています。

これは完全アセクシャルでなくてはならないと言っているのと、ほぼ同義です。

 

そして、「純潔で無ければ救われない」のです。

 

セリヴァーノブが説くように、アダムとイヴが性交によって原罪を背負ったのであれば、肉体そのものが罪なのです。だから肉体から「罪の果実=生殖器」を切り取って、贖罪をしなければならないのです。

その贖罪をし得た者だけが、死後、天上の楽園=神の王国へ入ることが許される。

 

スコプツィは終末論カルトなのです。

黙示録の最終審判で救われるために、神の王国で救われるために、去勢を必要としているのです。

 

 

まとめ:構造自体は現存するカルト宗教と同じ


先程も書きましたが、セリヴァーノブが「創世紀」「申命記」を知らなかったはずがないのです。それでも彼が徹底した純潔にこだわったのは、「黙示録」の根源的恐怖ではないかとする研究者がいます。

これは強迫観念に近いものがあり、終末思想から来る恐怖を忌避したいという考えです。もちろん、それが真実かどうかはセリヴァーノブに確認できませんので不明ですが。

 

「黙示録」では罪人が裁きを受けます。

その裁きへの恐怖と、自分たちが死後、神の王国で無垢な魂として幸せを謳歌するために、その通行証として罪の象徴である生殖器を切除する。

自分自身が切除できない者の中で金のあるものは、貧者を金で買って去勢させ、孤児を引き取って去勢する。それら福音を施すことで、自分自身が去勢をおこなっていなくても、人類の贖罪に貢献していると考えているのです。だから、神の王国へ迎え入れられるのです。

 

終末思想を持つ宗教は非常に多いです。

キリスト教自体もそうですが、終末思想はペスト流行二期である17世紀から爆発的に広がりました。セリヴァーノブは18世紀の人ですので、その影響を受けていないとは言えないでしょう。

 

終末思想を持つ宗教は、社会的に大きな事件を起こすことも度々ありますが、別に終末思想を持つ宗教=悪ではありません。一信者レベルでは、自分や家族を救おうと彼らなりに必死に活動をされています。ただ、恐怖が正常な判断を失わせているな、と感じることならありますが…。

宗教ではなくとも、ノストラダムスの予言とか、他の類する天変地異系の予言ビジネスも根本は同じです。終末の恐怖から逃れるために金で買った人間に去勢をすることと、災害予言から逃れるためにスピリチュアル系商材を買うことに、本質的な違いはないでしょう。

 

 

セリヴァーノブは死後、神の王国へ迎え入れられたのでしょうか?

 

彼の死後のスコプツィ派信者は、いつかセリヴァーノブ自身が再び甦り、この世に真の楽園・千年王国を築くと信じていると言います。

 

 

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参考文献


青山太郎「ロシアの性愛論」(2001年)

N・M・二コリスキー「ロシア教会史」(1990年)

エルヴェ・マソン「世界秘儀秘教辞典」(2006年)

落合雄彦「アフリカの女性とリプロダクション-国際社会の開発言説をたおやかに超えて-」(2016年)

澁澤龍彦「秘密結社の手帖」(1984年)