試し読み版 

「乙女を穢して殺して喰う神話」

2025年9月18日発行

A5サイズ 302P

 

当ページは、「乙女を穢して殺して喰う神話」の試し読みページです。

内容は文章・漫画・コラムで構成されていますが、画像と注釈は非掲載です。

 

元々は本用の原稿ですので、少し読みにくい部分があるかもしれません。

試読範囲は、冒頭41ページ付近までの部分です。

 

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本書は、現代の価値観では不適切・差別的と捉えられる表現、また性的・過激・残酷な表現を多分に含んでいます。

これらは歴史的資料として極力そのままの形で掲載致しますので、ご理解頂けますようお願いいたします。尚、それらを了承頂けない方に、本書はお勧め致しかねます。


はじめに

 

 世界の多くの農耕民族(この場合の農耕とは園芸程度のものを含む)には、「穀物起源神話」が存在します。これは日本の「古事記」の大気都比売神(おおげつひめのかみ)、「日本書紀」の保食神(うけもちのかみ)に相当する神話です。これに関して、日本国内において最も有名な研究書籍は、吉田敦彦「繩文土偶の神話学 殺害と再生のアーケオロジー」(一九八六年)および、アドルフ・エレガルト・イェンゼン (著) 大林太良 (訳・著)「殺された女神」(一九七七年)ではないでしょうか。大気都比売神(おおげつひめのかみ)、保食神(うけもちのかみ)は日本の神話中でそれぞれ、食物の提供方法に関する非難を受けて殺され、その遺体からは五穀(主要穀物)が発生しました。

 これら大気都比売神(おおげつひめのかみ)、保食神(うけもちのかみ)の神話に類似した「殺した女神の遺体が穀物に化成する」神話や習俗、もっと言うのであれば「女神を殺してその遺体から穀物が発生する」系統の神話は非常に広い範囲に存在し、それらは世界中の民俗学・民族学・人類学・神話学・宗教学・心理学・言語学・考古学のさまざまな分野で長年研究されているテーマなのです。

 

 本書はこれら国内外の研究や報告を交えながら、解説と考察を試みています。引用元には海外の文献が多く、原文は英語やフランス語等で書かれています。ですから、縦書きである本書では、訳文のみを掲載することが多くなります。必要な場合は出典元の文献をご確認ください。


第一章 ハイヌウェレ型神話

大気都比売神と保食神

 

 日本最古の書物であり、神話を内包する歴史書「古事記」には大気都比売神(おおげつひめのかみ)という女神が登場します。同様に最古の歴史書である「日本書紀」には、同様の役割として保食神(うけもちのかみ)という女神が登場します。「古事記」と「日本書紀」はそれぞれ違った目的で編纂された史書ですが、大気都比売神と保食神は、役割から考えて、恐らくは同一神であるとの見方が一般的でしょう。

 

 まず「古事記」では、素行の悪さが原因で高天原を追放された須佐之男命が、空腹のために大気都比売神に助けを求めます。(もしくは、天の神々が大気都比売神に対し、食物が欲しいと頼んだ)すると彼女は自身の鼻・口・尻からさまざまな食材を取り出し、それを調理して差し出しました。その様子を見ていた須佐之男命は「なんと汚らしい方法で食べ物を出すのだ!」と怒り、彼女を斬り殺してしまいます。すると彼女の遺体の頭部から蚕(注1)、目から稲、耳から粟(あわ)、鼻から小豆、陰部から麦、尻から大豆が化成したのです。これが、地上に作物がもたらされた起源であると伝わります。

 

 では「日本書紀」ではどのように書かれているのでしょうか。月夜見尊(つくよみのみこと)は妹の天照大神(あまてらすおおみかみ)に命じられ、葦原中国(地上世界)にいるという保食神のもとへ出向きました。保食神は尋ねて来た月夜見尊に対し、手料理を振る舞おうとします。彼女は口から米や魚や獣を吐き出し、それを調理してもてなそうとしたのですが、これを見た月夜見尊は大変に立腹します。口から吐き出したものを人に食わせようとしたことに腹を立てて、彼女を斬り殺してしまったのです。この月夜見尊の行いに天照大神は激怒し、二度と顔を見たくないと言います。これは食物の化成神話であると同時に、天照大神(太陽)と月夜見尊(月)が仲たがいし、顔を合わせなくなってしまう理由付けとしての起源神話も兼ねています。

 

 双方ともストーリーラインはほぼ同様で、これが大気都比売神と保食神が同一神であるとされる理由です。「古事記」「日本書紀」の総称として「記紀」といいますが、「記紀」は七一二~七二〇年に成立しています。この「記紀」は、それ以前に存在したという「帝紀」「旧辞」を再編したものであると伝わっています。しかし「帝紀」「旧辞」は既に散佚しており、しかしこれらは古くとも五世紀(古墳時代中期)頃のものであったと考えられています。

 

 礫川全次『生贄と人柱の民俗学』批評社(一九九八年)には中山太郎「人身御供の資料としての「おなり女」伝説」という論文が掲載されています。ここでは、田植え女を「オナリ」と呼ぶ風習が語られます。中山はこの田植え女を指す「オナリ」という呼称は、沖縄での「姉妹」を意味する語にも見られることを述べ、沖縄の農業祭が生殖の実演を模していると思われる(性に関することについて、中山は表現をぼかしています)内容であることを語ります。オナリ女は別名ヒルマモチとも呼ばれ、ヒルマモチは「昼間持ち」という意味であり、田植え仕事の合間に昼食を持って来る女性を指しています。

 さて、この「オナリ」や「ヒルマモチ」は日本に数ある説話・伝承の中で、結果的に死んでしまうことが多いのです。この理由はさまざまです。事故や義母からの苛烈な虐め、過失により発狂などさまざまなのですが、どちらにせよ田植えの日に彼女は命を奪われます。例えば「封内(ほうない)風土記(ふどき) 第4巻」(一七七二年成立)には次のような話が記録されています。

 

 

 陸前国(りくぜんのくに)宮城郡岩切村大字小鶴に小鶴ヶ池というものがありました。昔、城下の富豪の姑が嫁の小鶴を酷使し、とても大きな田の田植えをたった一人で、一日で終えろと命じました。小鶴は幼児を背負ったまま終日仕事をしたのですが、幼児は餓死し、小鶴は田植えを終えられず、姑にひどく責められ、それを苦に湖に身を投げたのです。それでこの池を小鶴ヶ池と呼ぶようになり、田を千刈田というようになったと伝わります。

 

 

 これは非常に典型的な「田植えの日に女が死ぬ話」です。このような伝承に対し、柳田国男は「郷土史論」において「古い時代にはオナリ女が死ぬことが、まるで儀式の完成であったようだ。」と述べます。

 これらの田植え儀式には、性行為を模した神事も多く付随しています。沖縄の「シヌグ」という農業祭では、直視に耐えないほどの性行為を模した神事がおこなわれたと、中山が報告しています。同論文中では、このような性的な行為を含む農業祭を「トツギ」と呼び、現存するものはごくわずかですが、古くは各地方でおこなわれたと述べます。これには出産を模す所作が含まれることもありました。

 

 農業とは作物を産む行為であり、繁殖は性行為で、女が死んで儀式が完了するのです。これら農業神事は明らかに大気都比売神や保食神に纏わる神話を意識していると考えられ、「殺された大気都比売神又は保食神の死体から食物が化成する再現」であると考えられました。この女神は殺されることではじめて人間に恵みをもたらし、彼女らはそのまま農業の始祖神であると考えられたからです。

しかし、どうして「性行為」が重視されるのでしょうか。これはかつて「性行為は子孫繁栄に必要なもので、豊穣のメタファーだから」と考えられました。そして女神を殺すのは、「植物の収穫=殺害であるからだ」とフレイザー始め多くの研究者が述べました。

 

 このような神話は「ハイヌウェレ(ハイヌヴェレ)型神話」と呼ばれ、日本固有の神話ではありません。類似の神話は南半球を中心に、一部地域を除き全世界に見られる典型的な神話型です。そこでは、大気都比売神や保食神殺害に相当する女神は「性行為をする・犯される」「身ごもっている」例が多く存在します。また、一見無関係と思われていた別タイプの神話群も近年、ハイヌウェレ類型神話ではないかという報告が、海外の研究者から上がっているのです。

 

 ハイヌウェレ(Hainuwele)とは、インドネシアの中央に位置する、セラム島先住民ウェマーレ族に伝わる穀物起源神話の女神です。この神話は大気都比売神(おおげつひめのかみ)や保食神(うけもちのかみ)殺害類型神話の典型的なものであり、「ハイヌウェレ型神話」とは、このような要素を持つ神話の総称として用いられています。では、ハイヌウェレ型神話には他にどのようなものがあるのでしょうか。他にも似た要素を持つ神話とは、どのようなものなのでしょうか。そして、どのような地域で信仰されているのでしょうか。その地域の神話と日本神話は、どのような関係にあるのでしょうか。

 

 

ハイヌウェレ神話とは

 

 ハイヌウェレとは、インドネシアのセラム島に暮らすウェマーレ族に伝わる神話に登場する女神です。セラム島は地図上で、日本の南に位置する南洋諸島にあります。この地域一帯は一九三〇年代に一挙に開拓と占領が進み、ウェマーレ族はその地の先住民族のひとつにあたります。彼らは狩猟と簡易的な農耕によって生活し、この農耕の起源神話がハイヌウェレ神話です。インドネシア、メラネシアなどをはじめとする南洋諸島の先住民族らは、非常に似た起源神話を有し、細部は違ってもほぼハイヌウェレ神話と似た特徴を持つ起源神話を信仰しました。

 

 なお、南洋諸島の先住民族の言語には、英語や日本語のような複雑さはありません。そのため、掲載する起源神話の報告には、どう考えても意味のよくわからない部分が存在します。これは和訳書、原典、ネット記事など、何を見ても同じです。もともとの聞き取り時点で既に、話の整合性が取れていないからです。

Aerts.Theo(アーツ・テオ)『Annales Aequatoria Vol.1』「MELANESIAN GODS(メラネシアの神々)」(1980)によれば、この文化圏では南洋諸島へのキリスト教布教と英語の流入とともに加速度的に「本来の言語」が失われており、一九三〇年代までの偏った知見で聞き取った情報をあてにするしかない状態であるとされています。(注2)

では、ハイヌウェレ神話とはどのようなものなのか、できるだけ伝わりやすいように、優しい文章で書きたいと思います。物語部分を重視し、もともと意味の通らなかった部分は独自に補完および省略しています。この神話は、農業の起源と人間の生死(生殖)の起源を描いています。

 

 

「ハイヌウェレの神話」

 

 原初、ヌヌサク山にはとある一本のバナナの木がありました。そのバナナの木には、九つの未熟なバナナの果実があり、月の神の手によってバナナの最後の一本から、最古の人間であるムルア・サテネ(Mulua Satene)という女性支配者が誕生しました。彼女の名前のムルアとは、結婚適齢期の女性を指す枕詞で、彼女は妙齢の女性という意味になります。彼女(もしくは三人いるとも伝わる)から派生した氏族は九つあり、この九氏族たちは皆で山を下りて、とある聖地(一九三〇年代現存)にたどり着き、その周辺で暮らすことにしました。

 

 その九氏族の中に、アメタという名の未婚男性がいました。アメタ(Améta)とは、暗い・夜などという意味を持ちます。彼はある日、犬を連れて狩猟に出ました。犬は森の中で猪を見つけ、池のあるところまで追い詰めましたが、猪は池に飛び込んで溺死してしまいました。アメタは死んだ猪を池から引き上げると、その牙にココヤシの実が刺さっているのを見つけました。しかし当時地上にはまだココヤシが存在しておらず、アメタはそれが何なのかわからなかったのです。

 

 アメタは家に帰ると、ココヤシの実を自宅にある台の上に置きました。彼はその上に、覆うようにサロング・パトラ(蛇の模様のある布)を掛けて、とりあえず眠ることにしました。するとその晩、彼の夢の中に見知らぬ男が現れました。彼はアメタに次のように指示しました。

「お前がサロング・パトラを被せたあのココヤシの実を、地中に植えなさい。もう、芽が出はじめているのだから。」

 

 アメタは早速、夢の指示のとおりにココヤシの実を地面に植えました。するとヤシは驚異的なスピードで成長し、三日後にはかなり大きな木になり、その三日後には花が咲きました。彼はそのココヤシの木によじ登り、花を切ってそれで飲み物を作ろうとしました。しかし花を切る際に、アメタは誤って自身の指を傷つけてしまい、その血液が花に滴ってしまいました。

 彼は傷を手当てし、また三日後にココヤシの木の様子を見に行きました。すると、アメタの滴った血液が花の蜜と混ざり合い、そこから一人の人間が生じはじめていたのです。まず顔の部分ができ上がっていたのですが、その顔は既に人間のものでした。さらに三日後にアメタがココヤシの木に向かうと、人間は胴体まででき上がっており、さらに三日後には完全な少女(第二次性徴前と思われる)が生まれていました。

 

 その晩、アメタの夢には再びあの日の夢の男が現れます。

「サロング・パトラを手にし、ココヤシの木の少女を丁寧に包んで家に連れて帰りなさい。」

 

 翌朝彼はサロング・パトラで少女を丁寧に包み、家に連れて帰りました。アメタは彼女にハイヌウェレ(ココヤシの枝)という名前を付けて、父と子として暮らすことにしました。彼女の成長速度は異常なもので、三日後には結婚適齢期の女性(ムルア)になっていました。

 しかし、ハイヌウェレは普通の人間ではありませんでした。彼女の排泄物は、中国製陶磁器や銅鑼のような貴重品だったのです。このためアメタは大変な金持ちになりました。

 

 そんなある時、聖地では盛大な祭り「マロ舞踏」が開催される時期が近づいており、皆その準備に追われていました。これは九氏族が九夜踊り続けるという盛大な祭りなのですが、広場の中央に女性を座らせて、その周囲を九重に男性が螺旋円を形成しながら踊るというものでした。この時中央の女性は、踊り手である男性たちの求めに応じ、彼らにその都度、木の葉や木の実を渡すという役回りがありました。ハイヌウェレはこの時の祭りで螺旋の中央にいる女性役に抜擢され、男性の求めに応じて木の葉や木の実を手渡しました。そうして第一日目のマロ舞踏は、何事もなく夜明けとともに終了しました。

 このマロ舞踏というお祭りは、九夜続けておこなわれます。二日目の舞踏でもハイヌウェレは中央に立ち、木の葉や木の実を渡す役回りを担っていました。ところがこの二日目、彼女は木の葉や木の実ではなく、突然美しい珊瑚を取り出して男性に渡したのです。突然の出来事に皆驚き、踊り手だけではなく見物人までハイヌウェレに殺到し、全員が彼女から美しい珊瑚を貰いました。

 

 三日目、彼女は木の葉や木の実ではなく、中国製の高級な皿を皆に与えます。四日目にはさらに高価な中国製の皿、五日目には山刀を、六日目には美しい加工が施された銅製の箱を、七日目には黄金でできた耳輪を、八日目には美しい銅鑼をその場の全員に与えたのです。そして、八日目の舞踏が終了した後、アメタとハイヌウェレを除いた氏族の皆は集まって話し合いました。どうしてハイヌウェレだけが、このような高級で貴重なものを与えることができるのか。疑念と嫉妬の感情は彼らを、「彼女を殺してしまおう!」という恐ろしい結論に導いてしまいました。

 

 そうして迎えた九日目の夜。ハイヌウェレはまた皆に木の葉や木の実を与える役として、広場の中央に立ちました。しかし、男たちは彼女の知らぬ間に広場に深い穴を掘っていたのです。そうして舞踏がはじまります。最終日である九日目の螺旋の中心は、レシエラという氏族たちでした。舞踏の螺旋はゆっくりと旋回し、あらかじめ掘っておいた深い穴の方へ彼女を追いやります。そうして追い詰めたハイヌウェレを、穴の中へ落としたのです。

男たちはマロ舞踏第三部の特に賑やかな歌声で彼女の悲鳴をかき消し、そのまま土をかぶせて生き埋めにし、舞踏のステップで穴の上の土を固く踏みしめました。こうして夜明けとともにマロ舞踏の最終日は終了し、人々は知らぬ顔で家へ帰ってしまいました。

 

 しかしアメタは、舞踏が終わったはずなのに、いつまでたっても帰宅しないハイヌウェレを心配します。行方不明の彼女がどこにいるのかを占うと、結果は「殺された」と告げるのです。アメタは驚き、さらに木の枝で託宣を行ない、彼女がマロ舞踏の広場で殺されたことを知りました。

 アメタはすぐに広場に向かうと、広場のあちこちにココヤシの葉脈を突き刺しました。するとそのうちの一本を引き抜いた時、そこにハイヌウェレの頭髪と血が付着していたのです。彼女がこの下に埋められていることを突き止めた彼は、その場所を必死で掘り返します。すると地中からは、既にこと切れた彼女の遺体が現れたのです。

そしてアメタは、掘り起こした彼女の体をまず右と左に切り分けます。そのうちの右半身をさらに細断し、広場のあちこちに埋葬しました。ただ、その時両腕だけは埋めませんでした。すると彼女を埋葬したあちこちから、当時まだ人間が知らなかった数々の穀物や根菜類などが生えてきたのです。これ以後の人類は、ハイヌウェレから発生した食物によって生活しています。この時、彼女の胃は美しい陶磁器に変化したのですが、これは今でもウェマーレ族の宝として大切に保存されています。

 

 さて、アメタは娘であるハイヌウェレを殺害した人間たちを呪います。そして埋めなかった彼女の両腕を、氏族の女性支配者であるムルア・サテネのもとへ持っていきます。これを見て、ハイヌウェレの殺害を知ったムルア・サテネは激怒します。これは原初の殺害行為でもあったのです。

 ムルア・サテネは、ハイヌウェレが殺された広場に大きな門を建てました。門はまるでマロ舞踏の時のように、螺旋を描くように九重に建てられており、ムルア・サテネ自身はその門の片側に座って、両手にはハイヌウェレの切断された両腕を握っていました。そして彼女は全ての人間(氏族)をその場に集めて告げます。

 

「私はお前たちのしでかした、殺害という行為を許すことはできない。私は今日よりお前たちの前から姿を消す。お前たちは皆、この門をくぐって私のもとに来なければならない。門を通過することができた者は人間のままでいられるが、通れなかった者は人間ではない別の姿になるだろう!」

 

 人間たちはこうして、螺旋の門をくぐらざるを得ない状況になりました。しかしこの門は、全員が無事通れるわけではないのです。くぐることができなかった者は、猪、鹿、鳥、魚や精霊へと姿を変えられ、これがそれら動物の起源となったのです。つまり、これら動物はもともと人間だったということに他なりません。

 無事門を通過できた人間もいます。しかし門を通過する際、ムルア・サテネはハイヌウェレの腕で彼らを殴りつけます。この時、ムルア・サテネの左側を通過した者は他部族の人間となり、右側を通過した人間はウェマーレ族となりました。

 

「私はお前たちのもとから去るが、お前たちはもう地上で私の姿を見ることはできない。お前たちが死んだあとで、難儀な旅を経て、そうしてやっと私のもとへたどり着くのだ。」

 

 ムルア・サテネはそう言い残すと、南方にある死の山サラフアに行ってしまいました。彼女はそこで精霊となって住んでいると伝わります。しかし彼女に会うためにはまず、死ななければなりません。死んでから南方へ、八つの山を越えた先まで旅をしなければならないのです。こうして人間には初めて「死」が与えられました。また、異伝においては「結婚」もここではじめて人間に与えられます。なぜなら「死」がなければ「生殖」は不必要で、「生殖」があるということは、「死」が必要なのです。

 

 

 以上が、ウェマーレ族に伝わる起源神話「ハイヌウェレ神話」です。ウェマーレ族にとって人類とは、ウェマーレ族か他部族か、という分類であることがわかります。この原文はさまざまなところで見ることができますが、今回はアドルフ・エレガルト・イェンゼンが採集・報告したものをベースに、他の複数の海外文献を参考にし、できる限り予備知識のない方にも理解しやすいように再構築しています。イェンゼンの日本語訳は、一九七七年に大林太良が翻訳した「殺された女神」で見ることができます。なお、おかしな部分(猪の始祖が誕生する前に猪狩りをおこなう描写がある等)は、無文字民族の口伝伝承を現地語で聞き取り調査するということが非常に難しく、もともと整合性の取れるような話ではないためです。

 

 イェンゼンはドイツの人類学者で、一九三七年にフロベニウス探検隊(注3)の一員として、セラム島を中心としたオーストロネシア圏でのフィールドワークをおこないました。特にウェマーレ族に焦点を当てた調査の結果、一九三九年には「Hainuwele」という書籍を出版します。「Hainuwele」はセラム島に伝わる神話集であり、これが後に日本にまで及ぶハイヌウェレ神話研究の基礎となります。しかし先ほども書いたとおり、この時採集した神話伝承は急速に失われ、一九九一年には動物学者Bernhard Grzimek(ベルンハルト・グジメック)によって「ウェマーレの文化はアンボネ派キリスト教により完全に消滅した。」と報告されました。これは後に紹介することになる近隣島のマリンド・アニムという部族についても同様であり、マリンド・アニムに関しては直接採集・報告したJ・V・バール自身が後年に「もう神話や文化は完全に失われ、皆死んでしまった。」と述べています。

 

 さて、ハイヌウェレ神話には次の大きな流れがあります。

 

① 生まれたハイヌウェレが蛇(サロング・パトラ)に包まれる

② ハイヌウェレが有用な物を振舞う

③ ハイヌウェレが殺される(人類初の殺害)

④ ハイヌウェレの殺害が契機となり人類に「死」の概念が生まれる

⑤ ハイヌウェレ神話に登場する登場人物の血統は現在の人間と地続きである(デマ神的多神教)

 

 概ねこのような流れがあり、この流れは大気都比売神と保食神と似ています。この両神の神話に①は含みませんが、②③⑤を含みます。④は一見含んでいないように思えますが、実は含んでいると考えることもできます。月夜見尊による保食神の殺害が切欠となって、日月分離のはじまりとなると既に説明しましたが、日月分離とは厳密には何でしょうか。

 

 先程のハイヌウェレ神話において、彼女の死後に人間たちは螺旋の門をくぐらされ、「死」という概念が生まれました。この時より、人は死ぬことになったのです。ウェマーレ族をはじめとするこのようなハイヌウェレ神話、もしくはそれに類する神話を持つ文化圏には、死後世界という概念が存在します。この理解は文化によって差がありますが、循環思想です。後ほど詳しく書きますが、基本的には人間は生まれて死んで、死後の世界を経てまた生まれます。まるで円環のようですね。それは月の満ち欠けや、太陽の上昇・下降に見立てられました。

古い時代の暦は太陰暦ですが、これは月の運行を基準にした暦であり、農耕はこの太陰暦を基準に考えます。というか、農耕文化と太陰暦は不可分であり、農耕に最も都合の良い暦が太陰暦です。しかし、天に燦然と輝くのは太陽です。太陽を基準にした暦は太陽暦です。日本では六世紀に太陰暦(太陽太陰暦)が使用されていた形跡があり、この時点では既に太陽太陰暦を採用していたということでしかなく、正確な暦の発祥は不明とされています。太陽太陰暦は、太陽と月の両方を使用した暦です。これがいわゆる旧暦であり、現在では使用されていません。

 

 過去の話ではありますが、ハイヌウェレ類型神話信仰圏は単純農耕文化圏でもあり、太陰暦を使用していました。ハイヌウェレ神話は月神信仰神話でもあり、ハイヌウェレ自体が月神として認識されており、ムルア・サテネも月神、アメタも夜という意味の名を持ちます。そして、作物の生育は月(太陰暦)と結びついています。

 月夜見尊は保食神を殺害します。月の神話素によって月が殺され、これによって太陽である天照大神と月である月夜見尊は分離します。つまり、昼の世界(生の世界)と夜の世界(死の世界)の分離神話と捉えることができます。このように、保食神神話は「④ハイヌウェレの殺害が契機となり人類に「死」の概念が生まれる」という要素を含んでいると考えられます。

 

 しかし、ハイヌウェレ神話には沖縄の性的農業祭「シヌグ」や同じく本州の「トツギ」のような性行為や性に関する要素は含まれていません。異伝にはハイヌウェレの死が結婚や生殖の起源になったというものもあるのですが、その点についてこれ以上詳細なことはわかりません。

 

 では次は、性的な部分が多分に残存した神話をご紹介します。

 

 

少女を犯して殺して食う、マヨ祭儀

 

 ハイヌウェレ型神話には「マヨ祭儀」という、別の先住民族に伝わる神話と習俗が存在します。マヨ祭儀はそのセンセーショナルな内容から、若干話が独り歩きしている傾向があります。

 

 マヨ祭儀はウェマーレ族のセラム島から東、パプアニューギニア南東沿岸部に暮らすマリンド・アニムの祭儀です。マリンド・アニムの「アニム」とは「族」という意味ですので、マリンド・アニム族という表記は誤りで、正しくはマリンド族かマリンド・アニムです。マリンド・アニムにはいくつかの氏族が存在しますので、本書ではマリンド・アニムと表記します。このマリンド・アニムは所謂「首狩り族」であり、ハイヌウェレ類型神話だけではなく、神話や実生活全体に首狩りの習俗が関与しています。実は南洋のハイヌウェレ型神話圏の多くにはこの「首狩り」の要素が多く見られます。これは他人事ではなく、日本もしっかりカウントされています。ご存じの通り、日本人も古来より「首を取り」ますよね。

 

 先程のウェマーレ族が暮らすインドネシアも、マリンド・アニムが暮らすパプアニューギニアもそうですが、この地域はオーストロネシア語圏と呼ばれ、日本とは神話以外にも共通点が存在する地域です。ですから当然、これから説明するマリンド・アニムも一見そうとはわからないかもしれませんが、日本の信仰との共通点を持ちます。これからマヨ祭儀について説明をする前に、まず彼らの「デマ」という多神教の概念と、マリンド・アニムに伝わる神話を説明しなければなりません。

 

 彼らの神は「デマ」と呼ばれます。これはJ. Van Baal(J・ヴァン・バール)が一九六六年に発表した「Dema: Description and Analysis of Marind-Anim Culture (South New Guinea)(デマ マリンド・アニム文化の記述と分析(南ニューギニア))」で詳細に語られます。マリンド・アニムにはマヨ祭儀よりも著名な習俗があり、これは男性同性愛の習俗ですが、この習俗には非常に大きな誤解(注4)があり、後年著者のバールはこの件で少なくない反証を受けています。また彼自身も著作内の一部情報について、撤回に近い見解を述べています。

このマリンド・アニムの信じるデマ神という概念は、何もマリンド・アニムだけの話ではありません。少し離れた地域であるウェマーレ族のハイヌウェレも、概念としてはデマ神と同様であるとされてます。

 

 デマ神とは多神教の神を指しますが、それはギリシア神話のような神々を指しません。例えばハイヌウェレやアメタ、ムルア・サテネは皆デマ神ですが、彼女らは神であると同時に、直接的に「現在の人類の祖先」です。彼らは今を生きているウェマーレ族の遠い祖先であり、これらは過去の実在の事件・人物として語り継がれています。ですからハイヌウェレの神話は、かつて実際にあった出来事なのです。

マリンド・アニムと非常に近い神話と文化的価値観を持つキワイ族は、ニューギニア南海岸フライ川河口に暮らす先住民族です。位置的にはマリンド・アニムの西です。イェンゼンの報告では、キワイ族に伝わるマルノゲレというデマ神は、ハイヌウェレ、アメタ、ムルア・サテネという三人を総合した役回りを一人で担っています。このマルノゲレは神話内において、人々に死と生殖を与えた後に死ぬことになるのですが、死後自分の体を細断し、良薬として各家庭で保存して欲しいと言い残します。この時の肉片は、今なお各家庭で保存されており、そしてマルノゲレが生み出したと伝わる原初(世界初の誕生)の猪の死骸も細断されてキワイ族が保存し、これらの祭壇された肉片は祭儀のたびに少しずつ削り取って消費しているのです。

 デマ神は、かつて本当に存在していた神なのです。存在していたから、肉片が残っているのです。同じ多神教といっても、ギリシア・ローマ神話と決定的に異なるのはこの部分です。パプアニューギニアの研究で知られる人類学者のトーマス・M・エルンストは自身の論文で次のように説明します。

 

 

(訳文)

デマ神は過去に実際に生きて活動しており、それは現在でも重要なのだ。神話の過去と現在は地続きで、「マリンド・アニムにとって、神話の時代はほとんど終わっていない」(Van Baal 1966:181-182)。デマ神はさまざまなレベルにおける子孫グループ(氏族)の祖先であり、自然の特徴とのつながりが、これらの氏族のトーテム所属の根拠となっている。

Thomas.M.Ernst(トーマス・M・エルンスト)

「MYTH,RITUAL,AND POPULATION AMONG THE MARIND-ANIM」(1979)

 

 

 デマ神はかつて人間とともに生活をしていた例が多く、ギリシア・ローマ神話のように絶対的で超常的な、根本から人間と異なる神とは違います。デマ「神」とは言いますが、神より精霊に近く、キリスト教のヤハウェのような絶対的存在ではなく、どちらかといえばキリスト、アダム、イヴに近い存在なのです。ですから人類の直接的祖先でありながらも、同時に超自然的な精霊でもあり、定義上「神」と呼ぶべきものという話であって、実質的には神でも精霊でも祖先でもあるのです。そして精霊ですから、デマによっては属性を持ちます。それは火であり、水であり、月であり、猪であり、ヒクイドリでありココヤシです。

 

 さて、デマ神がどういうものかという説明を終えましたので、次はマリンド・アニムの神話について説明します。マヨ祭儀は、神話再現系の祭儀です。これに限らず祭儀は神話の再現を伴うことが多く、先住民族などの少数民族では特に顕著です。ですから、例え大気都比売神や保食神の殺害神話に性的な描写が全く存在しなくとも、沖縄の性的農業祭「シヌグ」や同じく本州の「トツギ」は何かの再現である可能性が高いのです。

 

 

マヨ祭儀(マヨ儀式)の神話

 

 この神話は、いくつか存在するマリンド・アニム氏族の中でも「火」に関するトーテム(氏族シンボル)を持つアラメンブ族、および「ココナッツ」のトーテムを持つゲブ・ゼ族が所有するものです。マリンド・アニムの氏族は全部で五つほどあるのですが、中でもアラメンブ族とゲブ・ゼ族は近い関係にあります。

 「火」のトーテムを持つアラメンブの中心的デマ神に、ウアバという男神がおり、この神は火を司ります。そして、ウアバはデマ神ではありますが、伝承の中では既にマリンド・アニムの一人の住民なのです。ここが私たちには理解しがたいのですが、デマ神は神でありながらも地続きで人間の祖先なので、既にマリンド・アニムとして生活をしています。ですからウアバは既に、マヨ祭儀をおこなう側として描写されています。マヨ祭儀は神話の再現のはずなのに、そのための神話の中で既にマヨ祭儀が催行されているのです。

 

 ある時、太陽のデマ神であるウアバは、最初のマヨ祭儀に参加しました。マヨ祭儀は数ある祭儀の中でも、最も重要なものとされています。マヨ祭儀はいくつかの場所で催されるのですが、ウアバが参加した祭儀はヤヴァルマカンという場所でおこなわれました。この場所がどこなのかは、現在誰にもわかりません。

 マリンド・アニムは重要な祭儀で乱交儀式をおこないます。乱交というか、女性一人(妻)に対して親族男性数名が順番に連続性交をするのですが、これをオティヴ・ボンバリといいます。(注5)あくまでも相手は親族男性のみで、他の男性との性行為は不貞であると見なされます。

ウアバはマヨ祭儀の乱交儀式のために、一人の女性を連れてきました。彼女の名は、ウアリアンブ。結婚可能な若年女性です。彼女は大地のデマ神であり、ウアバの妻になる女性でした。マリンド・アニムはオティヴ・ボンバリとは別に、新妻も複数の親族男性で犯すという風習を持ちます。

 マヨ祭儀の乱交が始まると、彼女は儀式として多数の男性から性交を求められます。しかし彼女はこのような乱暴な祭儀にうんざりして逃げ出し、海岸の最西端まで走りました。これではマヨ祭儀は台無しになってしまいます。ですからウアバは急いで彼女のあとを追いかけました。そうして日暮れ、ウアバは彼女の小屋を見つけ、その中に入りました。

 

 二人が帰ってこないので、アラメンブ族(火のトーテム氏族)の者が小屋に様子を見に行くと、その中でウアバはウアリアンブと性行為に及んでいたのです。このような行動は、女性であるウアリアンブが男性であるウアバを連れて行って、女性側から性行為を求めたと理解されました。(女性が男性を誘うことが良くないという認識を、暗に含むと考えられる)このことはすぐに東に住むとあるデマ神(生と死を司る、名称不明)に伝えられ、そのデマ神らはアラメンブ族の人々を伴って、すぐに現場に駆け付けました。

 

 ウアバとウアリアンブは挿入状態のまま担架に乗せられると、ムシロを上から掛けられて覆われました。このまま二人は別の場所へ運ばれ、コンドという場所の小屋の中に入れられます。その小屋の中で陰茎を挿入したままの状態のウアバを捕まえて、引きはがすために揺さぶりひっくり返すと、その摩擦によって煙とともに、結合部から炎が上がりました。そして、それと同時にウアリアンブの膣からは、ヒクイドリとコウノトリ(どちらもアラメンブ族のトーテム)が産まれてきたのです。その激しい炎は瞬く間に燃え広がり、国中に延焼し、炎は広い浜辺と広いサバンナを作り 、最終的に海のデマ神が大きな波を内陸に送り込んで鎮火させ、川の渓谷を作り出しました。

 

 

 以上がマヨ祭儀に付随する神話です。私は現時点でこの神話を完全に和訳した書籍を知りませんので、いくつかの文献をもとに、比較的理解しやすい形に再編しながら和訳しました。

 まず見ればわかりますが、この神話はマヨ祭儀のものであるのに、マヨ祭儀が何であるのかを説明していません。そしてマヨ祭儀を最初に調査したバールは、調査当時すでにマヨ祭儀がほぼ失われている旨を明かしています。これは彼の最も有名な一九六六年の著作ではなく、一九八四年に人類学者ギルバード・H・ハードが発表した「Ritualized Homosexuality in Melanesia (Studies in Melanesian Anthropology)」という共著内の「The Dialectics of Sex in Marind-anim Culture」という寄稿文で語られます。

 ここで彼は、マヨ祭儀が何であるのかを説明できる神話はゼロであること、であるにも関わらず、マヨ祭儀が最も重視される祭儀であること。そして、八〇年代にはこれを知るマリンド・アニムは全員他界し、本当に何もわからなくなってしまったことを記しています。

 

 勘の良い方は既にお気づきではないでしょうか。この神話は、ハイヌウェレ型神話との共通点は少ないのですが、とある別の神話によく似ています。それは、伊邪那岐(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)の国生み神話です。これから説明するマヨ祭儀の祭儀内容はハイヌウェレ神話に類似するのに、その素になっている神話は国生み神話に似ているのです。例えば、わざわざ一見話には関連の無さそうな「この性行為は女性であるウアリアンブから誘っており、それは良くないという認識がある」という要素がわざわざ入っている点。これは最初に伊邪那美から性行為を誘った件によく似ています。そしてウアリアンブが炎とともにヒクイドリとコウノトリ(ともに火属性のトーテムです)を産む場面は、迦具土神が産まれる場面によく似ています。そしてこの出産は、結果的に国土(マリンド・アニムの土地=島)を生成しています。伊邪那美はこの後、出産が元で亡くなり、黄泉の国(常世国・夜の国)に去ってしまいますが、実はこの物語にもよく似たメタファーを見ることができます。ウアバは太陽のデマです。エルンストはこのウアバの神話内での行動が、太陽の運行になぞらえられていると説きます。

 

 

(訳文)

 このかなり壮大な神話は、彼らの最も重要なもののひとつであり、マヨの儀式で演じられる。太陽の運行にも明らかな類似点がある。太陽は西に沈み、地下を通って東に向かい、そして昇る。ウアバは小屋に入り、西でウアリアンブと性交し、ムシロの下敷きになって東に運ばれ、火の光と熱を発して脱出する。

Thomas.M.Ernst(トーマス・M・エルンスト)

「MYTH,RITUAL,AND POPULATION AMONG THE MARIND-ANIM」(1979)

 

 

 さらに付け加えるのであれば、二人を迎えに来たデマ神は生死を司るそうなので、日暮れと同時に死を暗示していると見ることもできるかもしれません。この神話は生死の発生を語ってはいませんが、一連の文脈には隠されていると見ても良いでしょう。では、次にマヨ祭儀の内容です。マヨ祭儀は先述のとおり、バールの報告時にはほぼ失われている、失われる寸前という状態の祭儀でした。