お稲荷様(狐)とお犬様(狼)
※キャラクターの紹介はこちらからどうぞ。
日本には、誰でも知っているお稲荷様信仰と、それに比べると少しマイナーな狼信仰があります。
動物を神様に見立てる信仰自体は日本だけではなく、世界中に見受けられますが、日本の生活の中でとても身近なものがこの二つの民俗信仰だと思います。
この記事では、この2つについて、極めて簡単に説明します。
豊穣の“土”の神様「狐」と「狼」
お稲荷様も狼信仰も、古代中国の陰陽五行で言えば土の神様です。
日本国内での発生は狼信仰のほうが早く、稲荷信仰は後の時代(平安時代)に広まりました。
共に五穀豊穣・多産・山の神という共通点がありますが、狼の場合ここに狩猟の守り神のような意味も加わります。
お稲荷様信仰って?
日本人なら誰でも知ってるキツネの姿に象徴されるお稲荷様。
これはキツネ自体が神では無く、キツネは神の眷属というのが一般的な認識です。
もちろん、キツネ自体を神として信仰する動物信仰としての考え方も存在しています。
この詳細については様々な説がありますが、大まかには次の要素が考えられています。
- 中国・唐の時代初期の農村で、土の神様(后土)信仰の身近な土の気を持つ動物への信仰として発生し、それが秦氏により日本文化への持ち込まれたとする説。(賛否がわかれている問題です)
- 日本神話に登場する宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)や、仏教の荼枳尼天(だきにてん)との融合。
稲荷(キツネ)信仰は、時代的には狼信仰よりも後と見られています。
狼と違い、目に見えて人間に害をなす事も少なかったため、現在でも全国各地に信仰が広がっており、行政も把握できない程の数の稲荷神社が存在しています。
お稲荷様は穀物などの豊穣の神であり、これが転じて商売の神様として広く知られています。農村に祠が点在しているのも、豊穣・山の神を祀るという部分が大きいと思われます。
この起源に関しては、古代中国から渡来したとの考え方・日本特有の日本産のものであるとの考え方・そうではなくユダヤ起源説、と色々な説が存在しています。
私個人の感想としては、古代中国文化との融合は行われていると思っています。
狼(お犬様・ヤマイヌ)信仰って?
お稲荷様に比べると圧倒的に知名度の低い狼信仰ですが、これはお稲荷様信仰とは異なり、弥生時代初期の時点では既に日本国内で発生していたものと考えられています。
こちらも基本的には狼自体が神ではなく、神の眷属という位置づけですが、狼そのものを神とする信仰も有名です。そもそも「オオカミ」という名前自体が「大神」から来ていると言われています。
狼信仰は「お犬様」と呼ばれ、主に秩父地方を中心に神社が点在しています。
これは、古代よりオオカミ=ヤマイヌと呼ばれていたことに由来しますが、そもそもヤマイヌとオオカミに明確な区分は存在しません。
ヤマイヌとオオカミを明確に区別し始めたのは江戸時代からの事だそうですが(体長によるざっくりした区分)、そもそも交雑が普通に行われていたであろうことから、やはり明確に分けることは難しいと思われます。
現在はヤマイヌ=ニホンオオカミ説が有力とのことです。
実は、元々の立ち位置はお稲荷様信仰と酷似しています。
ただし、お稲荷様信仰が豊穣=穀物=稲作と関連している事に対し、こちらはもう少し広く、農耕を守る神という位置づけだった模様。(獣害動物を捕食するため)
また多産であるため、安産の神という面も知られています。
しかしキツネと決定的に違うのは、狼の場合は時に人を襲うという、人間から見れば“益と畏れ”の二面性を持っている事でした。
また、狼信仰の神社には「狐憑きを祓う」という役目を担っているものも存在しています。
秩父の中山神社のお祓いは、特に狐憑きに特化しているようです。
※狐憑きと狐祓いについてはまた別の記事を用意します。
ちなみに知っている方も多いと思いますが、日本固有種の「ニホンオオカミ」は既に絶滅しています。(もちろん、反対意見や東北地方等での目撃報告もあります。)
狼信仰への逆風「狂犬病」の流行
時代と共に、次第に廃れてしまった狼信仰。
これには特に、18世紀(江戸時代中期)に日本で流行した狂犬病の影響が大きいとの説があります。
狂犬病に感染した狼に噛まれるような事故の記録が増加し、これを切欠に狼を信仰の対象から除外する神社も出たそうです。
この感染症の流行が狼信仰にもたらした悪印象は、既に稲荷信仰がポピュラーになっていた日本において、その権威を弱めてしまう原因になってしまったのかもしれません…。
何とは言わなくても誰にでも心当たりはあると思いますが、感染症が時代を変えてしまうのは、人類の歴史上においては別に珍しい事ではないのですが…。
ちなみに狂犬病と思われる病気の、国内最古の記録は平安時代です。
そして江戸時代中期である18世紀からは明確に流行の記録が見られますが、それに関する文献内ではヤマイヌに噛まれた場合をイエイヌと別枠で扱っていますので、当時既にヤマイヌ=オオカミが狂犬病の感染源であるという認識があったと見られます。
だったら尚の事、逆風だよね…。
実はキツネも狂犬病には罹患します。
18世紀の狂犬病流行時には、多くのキツネも犠牲になったようです。
なので狂犬病の媒介者になる可能性はあるんですが、キツネって普通、能動的に人間を噛みに来ないもんね…キツネはエキノコックスもあるけど。
まぁオオカミもエキノコックスの終宿主だけどね…。
参考文献
「ものと人間の文化史39 狐 陰陽五行と稲荷信仰」吉野裕子
「オオカミは大神 狼像をめぐる旅」青柳健二
「狼の民俗学 人獣交渉史の研究」菱川晶子