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占星術の循環思想と農耕文化

占星術の循環思想と農耕文化


 

下ネタとBL(男性同性愛)ネタ要素を含みます。

 

キャラクターの紹介はこちらからどうぞ。

 

この記事でわかること

  • 占星術は天文学ではなく、原始信仰である理由
  • 占星術のどの部分が原始信仰なのか
  • 農耕文化が占星術の根本にあるという理由

関連記事→「「占術」とは何なのか?占いの基本」

関連記事→「「十二支(じゅうにし)」と陰陽五行説」

 

人類学者、民俗学者である小松和彦氏は言います。

民俗学的領分においては、占星術を深く理解する必要は無く、占星術の概念が生死の循環である事だけ把握していれば十分である、と。

 

これは事実です。

実際に、民俗学・宗教学・人類学領域で精細な占星術の知見が必要になることはありません。解像度は上がりますが、要求されることは少ないです。

 

でも、逆はどうでしょう?

つまり、占星術視点から人類学的宗教観を知る、ということです。

 

 

占星術は信仰である


占星術は信仰です。

ですから、その概念には信仰上の由来が存在しています。

 

占星術は統計学であるという人もいますが、知り得る範囲では「統計学」の基準を満たしていません。

この言い方も語弊がありますね。厳密には、占星術が統計的有意差を示すような、母数が大きく条件的にフラットなデータを私は知りません。

(占星術に関する論文は非常に沢山あります。)

 

 

ところで、日本では90年代後半に「蛇遣い座を含めた13星座」騒動がありました。

これを超かいつまんで説明すると、牡羊座から魚座までの12星座が坐する黄道(太陽の通り道)の一部には蛇遣い座が干渉しており、「星座は12星座ではなく、正しくは13星座だから、13星座占いがこれからのスタンダードだ。」という一過性のブームです。

 

これには賛否がありますが、概ね否定的反応が多かったのです。

13星座になってしまうことによって、西洋占星術をはじめとした占星術の基盤を大きく揺らがせることになってしまい、早い話が「ややこしかった」面が大きいと言われます。

 

日本ではブームの後、比較的すぐ鎮静化したものの、この問題は海外ではじんわり長引いたようです。

 

タイムズ通信社「New astrological sign: Professor finds horoscopes may be a little off kilter」(2011年)では、数名の天文学教授がこの蛇遣い座議論に始まって、占星術全般に対し、天文学的見地から苦言…というか個人的には半分おちょくっているように感じるコメントを数件発表しています。

 

まずミネソタ州の天文学教授が、

「地球の軌道を正確に読むのであれば、自分が水瓶座だと思ってる人、実は魚座かも。あるいは、11月29日から12月17日の間に生まれた人は、実は蛇使い座かも。蛇は嫌じゃない?(意訳)」という旨の発言をします。

 

加えてこの意見を肯定する形で「太陽は何千年もの間、蛇使い座を通過している。」と発言する、大学講師パーク・クンクル氏が現れます。

 

フロリダ国際大学の物理学教授ジェームズ・ウェッブ氏は、

「地球はコマのように回転している。通常、地球はまっすぐ立って回転するのではなく、揺れ動くことが多い。占星術師たちは長年、そのことを考慮に入れてこなかった。だから今、人々は占星術師たちにそのことを指摘し始めているのだ。」

と述べます。

 

つまり、天文学的に黄道星座には蛇遣い座を加えるべきだし、地球の自転の差異によってのズレも精密に計算して占うべきなんじゃないのか、と言っています。

しかしこれは、あくまでも天文学的な話に過ぎません。

指摘したパーク・クンクル氏は、自身が占星術に関しては門外漢であることを認めています。しかし、氏の主張としては「天文要素を扱うのであれば、実際の天文学を無視しないでほしい。」と述べているわけです。

 

 

とは言え、最古の占星術を産んだ(と考えられている)古代バビロニア人がそれを知っていたのか知らなかったのは不明です。

ただ、「12」星座である必要があったであろうことは、バビロニア人の事情として当該記事の最後にも簡単に述べられています。

 

何故なら占星術は、科学ではなく信仰だからです。

地動説ではなく、占星術は天動説です。

 

学問ではあるでしょう。

占星術を一部の大学カリキュラムに取り入れているインドも存在します。ちなみに、とある北インド式占星術師さんはこの誤差を手計算してきたチャートを出すそうなので、この場合は自転の差異を計算しながら12星座を使用する、ということになりますね。

 

しかし、手法は統一されていません。

赤緯0度線と黄道が交差するポイントが春分点と秋分点ですが、現在これは魚座にあると言われています。水瓶座にあると言う人もいます。これは占星術が成立した古代、牡羊座0度にあったと言われています。

 

占星術上、この「分点」は重要なポイントになります。一年と言うひとつのサイクルの転換点・更新点になるからです。

ここを魚座や水瓶座にするべきと考える人もいるし、ここを牡羊座0度として計算すべきという人もいます。これに統一見解は無いのだと思います。

同様に、近代になって発見された冥王星・海王星・天王星の三天体は、一般的な西洋占星術では採用されますが、古典的占星術では採用されません。

 

占星術は原始信仰が元になっている


占星術は古代メソポタミア起源のものであるといわれています。

 

ただし、古代メソポタミアのどの時点で占星術が編み出され、当時厳密にどのような方法で占っていたのかは不明です。

実際にいつごろ星座が出来て、誰が作って、いつ頃占星術が成立したのか?ということについては諸説があり、どれが正しいとも言えません。説によっては2000年以上の開きがありますが、発祥は古代メソポタミアかそれ以前の可能性もあるという感じなのです。

実は「古代メソポタミアに占星術は存在せず、占星術はギリシア期が発祥である。」という研究者(※)も存在しますが、今回は古代メソポタミアもしくはそれ以前が発祥であるとの考え方を採用します。

※S・J・テスターですが、原論文までは未確認です。

 

 

最古の占星術は、カルデア人によって利用されていたと言われていますが、人類史上にカルデア人が初登場するのは紀元前9世紀頃です。

そしてメソポタミアの神話には、文字で残っておらず詳細がわからないが、それ以前の先住民が信仰していた神話というものが存在し、その神話がメソポタミアの神話のベースになっていると考えられます。この神話が占星術の象意に関連します。

 

最古の占星術の方法は不明ですが、メソポタミアから古代ギリシア占星術、古代エジプト占星術、インド占星術等(宿曜占星術はインドからの分化とする)に分化したと言われています。

 

どちらにしても、古代エジプト占星術はエジプト神話、インド占星術はヴェーダ(インド神話)、ギリシア占星術や西洋占星術はギリシア・ローマ神話に結び付いて解釈されています。

占星術と神話素は不可分です。

何故なら占星術の数々の象意(天体や要素)には、必ず神話上の神や登場人物が割り当てられているからです。

古代メソポタミア、ギリシア・ローマ神話、ヴェーダ(インド神話)、古代エジプト神話等に共通する神話素が、占星術を構成する要素となっている、ということです。

 

これら神話は紀元前数千年以前の原始信仰の流れを汲んでいると思われます。

神話はそれ以前の神話を取り込んで再構成・内包する形式になることが一般的ですので、神話という外見は異なっていても、その本質には共通の要素を含みます。

このため、一見関連のなさそうな神話同士に共通点がしっかり存在するという事があるのです。

 

占星術のどの部分が原始信仰なの?


以下に、「西洋占星術」「エジプト占星術」「インド占星術」の簡易的な説明図を掲載します。

 

前者二つは見た目がほぼ同一で、ASCから左下に1~12区分を回って循環。

後者インド(南インド式)は回転方向が逆方向です。

 

北インド式はややこしいので載せません。乗せると話がややこしくなるだけなので。

これらはどれも、1から12を循環する考え方です。

 

細かい意味付けの違いはありますが、概ね1ハウス(室)で人間が誕生し、12ハウスで人生を終えるという象意になっています。

そしてどれにおいても、星座帯(黄道12星座)は同じ構成となっています。

黄道星座に蛇遣い座を導入している占星術は無く、皆大本の占星術は同一であることを示しています。

 

循環は以前紹介した十干十二支と全く同じ考え方です。

 

これも再掲しておきます。

 

占星術及び十干十二支を利用する占術は、「循環思想」を基盤にしています。

例えば個人の運命を占う時、その人間の運命の要素をバラバラに解体します。たとえば太陽なら「自我・エゴ・政府」、月なら「精神・不安定・国民」などです。

 

そのバラバラにした1つの要素をそれぞれの天体に反映させ、その天体が天のどの場所を通過しているのかによって、今それぞれの要素(運勢)がどのような状態にあるのかを占うのです。

どの場所なのか?というその天の場所は12分割(ハウス・室)されているので、その天体と場所と黄道星座の組み合わせ、更に天体同士の位置関係等で占います。実際はもっと複雑ですが、これは本題ではないので簡単に書きました。

 

 

「西洋占星術」においては、12から1にハウスを移動する時(更新と言う)に、一般的には新生のような概念で捉えられます。一つの循環の終了です。

「インド占星術」には、121室の間には現世来世の切り替わりの概念が存在するそうです。つまり、1室から見た12室は前世なのだそうです。

「エジプト占星術」ではこれは太陽神ラーが乗るメセケテト(夜の舟)からマアネジェト(昼の舟)への切り替わり地点であり、日の出の瞬間を意味しています。

 

「十干十二支」では親植物の死と、新たな生命(種子)の胎動の瞬間にあたります。また、南洋バリで行われているバリアンというバリの生年月日占いにはヒンドゥー歴を使用するようで、西洋占星術で言うところのASC(上昇点)、DSC(下降点)、IC(天底)、MC(天頂)を特に重視するようです。この地域にはメセケテトとマアネジェトと同様の神話が存在しますので、これにも占星術的な循環思想が存在していると考えられます。

ASCDSCは日昇と日没のポイント。MCが天の最も高い位置で、ICはその逆です。

 

「ギリシア占星術」「エジプト占星術」は古典と言われ、これはおそらく現在時点で手法として確立されている最古の占星術であるからでしょう。このどちらが先に確立したのか?ということについては、不明とされています。

 

そして「エジプト占星術」では太陽の運行が、太陽神ラーの移動に完全に結びついています。

東から昇った太陽(ラー)は、舟に乗って昼(生)と夜(死)の世界を循環しています。

 

同じく、比較的古い思想を残していると考えられる「インド占星術」では、太陽は太陽神スーリヤです。しかしインド占星術では月を重視し、原始信仰の名残は太陽ではなく月神チャンドラに色濃く残っています。チャンドラは酒神ソーマと同一視されますが、このソーマが原始信仰上は重要な神です。

今回はソーマについての説明を割愛しますが、一説では月神・豊穣神の名残を持ちます。

 

では「西洋占星術」ではどうなのでしょう。これはギリシア占星術が、占う相手を個人に特化していったもの、と説明されます。占星術は本来、政治を占うものであり、個人の未来を占うものではありませんでした。

「西洋占星術」の太陽神はヘリオスやアポロンですが、古代ギリシア人に重視されたアポロンの聖域デルフォイ支配や神託は後発の話であり、元々は地母神ガイアでした。このこと自体が、地母神信仰(=月神信仰)が太陽信仰に塗り替わった歴史であるとも言われます。

このような、地母神の一族を討伐・支配する逸話がギリシア神話には多分に存在しますし、新規参入の神が、悪役として古来の神を駆逐する描写は日本を含む他国の神話にも見られます。これは所謂、「歴史は勝者が作り上げる」というよくある話の神話版と思ってください。

なお、ヘリオスやアポロン自体には太陽神の性質が弱く、後者は元々植物系神であったと言われます。太陽神ラーのような逸話は存在しません。

 

ただし原始信仰から見ると、太陽神ラーと似た役目は神話としてのペルセフォネ(コレー)が持ちます。太陽神ラーのメセケテト(夜の舟)がペルセフォネで、マアネジェト(昼の舟)がコレーという風に呼び名が対応しており、ペルセフォネは太陽ではなく月神の要素を強く持ちます。

ギリシア占星術では既に月ではなく太陽が重視されており、これは原始的な信仰の名残が神話内に残存したものと考えられます。

 

 

それぞれに、太陽神と月神の信仰上の重要性に対し強弱があります。

古代メソポタミアでは太陽神よりも月神のほうが尊重されており、これは古代メソポタミアに限った話ではなく、農耕に伴う原始信仰は、基本的に何らかの形で月神に強い信仰を持ち、明確に太陽よりも優位にあります。

古代エジプトは太陽信仰が盛んでしたので、占星術上で太陽の運行を非常に重視します。

 

しかし、インド占星術はそうではありませんので、月を重視します。十干十二支も太陰暦がベースになっています。古代メソポタミアも同様です。

 

 

現代の西洋占星術もギリシア占星術も明らかに太陽を重視していますが、これがエジプト占星術由来のものなのか、現在の太陽暦(グレゴリオ暦)をベースにしているから(“今”の私たちが太陽暦で生きているから)なのかはわかりません。カルディアン・オーダーの「日の出を基準にする」考え方も、それはそうだというだけの話であって、ここから信仰強度はわからないからです。

 

暦(こよみ)と月神と循環信仰


最古の占星術は、判明している限りでは古代メソポタミアに存在した・生まれた、ということを既に書きました。占星術には暦が必須です。暦があるから占星術が存在できます。

最古の暦である太陰暦は、月の満ち欠けを基準に考えられます。植物の生育と月の満ち欠けが連動していることが大きな理由です。

これが生まれたのは古代メソポタミアや古代中国と言われますが、今回ここにある諸説に関して追及はしません。

 

太陰暦が最古の暦であるとして、なぜ暦が必要だったのでしょうか。

暦とは、農業と密接な関係にあります。というか、農耕は月の満ち欠けに準じて生育を行なうことが一般的です。

実際に太陰暦を表す「十干十二支」の「十干」も「十二支」も植物の生育過程に見立てられています。芽吹いて育って種子を産んで死に絶え、またそれを永遠に繰り返す。

これは十干十二支だけの話ではなく「西洋占星術」「エジプト占星術」「インド占星術」すべてこの循環になぞらえられています。生まれたものは次世代を産んで自ら滅びる。これを繰り返します。

 

植物も、家畜も、人間も、共同体も、何らかの事象は常にこのルーティーンの中にあります。実際に農業の文化を持つ民族(細かい例外があります)は、たとえ他文化と長期隔絶された先住民族であっても、ほぼ月神信仰と循環思想を持ちます。

 

 

一般的に「原始信仰」と呼ばれるものには、「日月信仰」「生殖器信仰」「岩石信仰」「火炎信仰」「祖霊信仰」などが存在しますが、逆に言うなれば、未文明化民族であっても大半はこれらの信仰を持ちます。

これらを揃って持たないのは、ほぼ完全に近い狩猟採集文化圏の民族です。

 

最も有名なものはピダハン族ではないでしょうか。

ピダハンは民族学領域よりも言語学でよく語られる民族で、ブラジル北西部の少数民族です。狩猟採集生活を営み、時間概念や性差、所有に関する概念や言語をほぼ持ちません。全く持っていないわけではありません。

時間の概念が希薄なため、創世神話はありません。もしくは、伝わっていません。原古にはあったとしても、過去を重視しないため、現存していません。これは、農耕民に必要な貯蔵・備蓄・時間管理と言う観念が薄いからです。

 

ピダハン族は極端な例ですが、北アメリカ先住民族の一部にもこの考え方は見られたようです。

 

少し話が逸れましたが、このように、原始的社会生活において農業と暦は重要な要素であり、信仰にも深く関与していました。

先ほど書きましたが、植物も、家畜も、人間も、共同体も、何らかの事象は常にこのルーティーンの中にあります。

 

 

占星術は、このルーティーンを天球に、そして万物の運命に反映させた、循環信仰(原始信仰)の産物です。

 

占星術のグノーシス主義的な一面


グノーシス主義、というものがあります。

有名ではありますが、様々な意味を孕む表現でもあり、一元的に説明できるものではありません。

 

ですからこの記事に於いてのグノーシス主義は、

「キリスト教以前の古代信仰をベースにした、異端思想的信仰」

というステレオ的前提で書きます。

グノーシス主義には、これ!という画一的解釈はありません。

上記の通り、原始及び正当キリスト教の範疇から逸脱すると考えられる、原始信仰の思想上に存在する異端的信仰、くらいのつもりで書きますのでご理解ください。

 

 

占星術の源流には、月神信仰(太陰暦)を持つ原始信仰が存在するという話をここまで書きました。この原始信仰の多くは、いわゆる「人身御供」及び「動物供犠」を祭祀に組み込んでいる例が非常に多いです。

これらの犠牲動物は豚(猪)、人身御供は女子供であることが多く、農業系の祭祀では全世界的におこなわれていました。西欧では紀元前15世紀頃から紀元前数千年まで、南洋では近年までです。

個別例を挙げるときりがないので控えますが、分布は西欧・東欧からアフリカ、インド、南洋諸島全域から南アメリカ、北アメリカの一部、シルクロードから日本に至ります。

 

この一帯には、同様の神話素を持つ似たような創世神話が伝わります。

その大半に、少女もしくは月神の神話素を持つ存在の殺害行為が明示・暗示されます。(日本も同様です。)

 

ですから、グノーシス主義もしくは南洋を中心とした先住民族の祭祀では、この「月神殺害」をモチーフとした人身御供が行われます。

 

グノーシス主義的な代表的な人身御供は、両性具有の女神キュベレーと、息子アッティス信仰でしょう。地母神デーメーテルとペルセフォネの親子神の場合は豚の供犠です。ペルセフォネはアッティスのように息子ではなく娘ですが、ペルセフォネ=ペルセウス説というものがあり、この真偽はともかくとして、この場合はペルセフォネが両性です。

人身御供ではない場合は豚(猪)が多いのですが、この場合では、豚が月の象意を持ちます。なぜ豚が月の象意を持つのかは、状況証拠しかなく明確な理由は判明していません。

 

太陰暦では、天球を太陽ではなく月が一周することと、月の満ち欠けを重視します。

ですから、天球やホロスコープの図上の循環で重視するのは月です。

 

デーメーテルとペルセフォネの場合、デーメーテルは母であると同時に少女の象意も持ちます。ペルセフォネも少女です。この「少女」という存在は、これから性行為→妊娠→出産という人生の最も重要な「死ぬための準備」をおこなう直前の、重視されるべき時期にある存在です。

産むから死ぬし、死ぬから産みますが、どちらにせよ循環です。

この「少女」という存在は、占星術で言うASC(アセンダント・上昇点)および1ハウス「出生・誕生」からちょうど半円を描いて到達する(つまり人生の半分までたどり着くということ)、DSC(ディセンダント・下降点)および7ハウス「結婚」に存在するものです。

単純に見れば少女の「結婚」は、赤ちゃんの「出生」と対になっています。

※ちなみに、このASCという概念は西洋占星術のベースになったギリシア占星術には存在しません。森谷リリ子氏は「占星術の起源」(2010年)でこれを「他から持ち込まれた」としながら、その習慣を持つのはエジプト占星術であると述べています。

 

「少女」とばかり書きますが、古くは紀元前3000年頃の習俗を続けていると推定される南洋先住民のほとんどは、「少年」も同時に重視はするのですが、この場合「少女」とは正反対の役割を「少年」に負わせます。

どちらにしても言えることは、「少女」も「少年」も、人生と言うひとつの循環の中の、最も重要なポジションとして神格化されているというわけです。

 

ただし「少年」の尊重は、まず「少女」信仰が先にあってからの後付けと思われます。これはJ・ヴァン・ベールが自身の論文内で言及します。

 

草木は生まれ、育ち、種子を孕み、産み、死にます。

でも農業ですと少し違いますよね?

穀物であれ果実であれ、生まれ、育ち、種子を孕み、産み、収穫して食われます。

 

収穫とは、殺害です。

先程書いた、「少年」に負わされる役割がこの殺害です。

 

たとえばジャガイモであれば、殺害して切り刻んでから地中に埋める。

それがまた芽吹きます。これを永遠に繰り返す。

 

だから古い農業の祭儀は、みな少女(月)や豚(月)を殺す供犠を持ちます。

これは農業の周年祭、通過儀礼もそうなのですが、雨乞いも同様です。というか、雨乞いも農業儀礼です。特に雨乞いに関しては、中国から朝鮮では豚を殺すのですが、日本国内では豚ではなく牛馬や犬になります。

筒井功「殺牛・殺馬の民俗学」(2015年)では、この習俗は農耕と共に中国から朝鮮半島を経由し、日本国内に伝わったのではないかと考察されており、その過程で豚が、入手のしやすい牛馬や犬に置き換わったのではないかとしています。

 

 

そもそもですが、「少女=月」というか、少女はそもそも月そのものです。

月経が始まれば、少女は月と連動するのです。

月経に関する疾患がない限りは、成長と共に月経は早かれ遅かれ始まります。

ですから近年までこの信仰を継承していた南洋先住民・マリンド族では言うのです。

「女性は生まれながらに完全で、教えることは何も無い。」と。

 

ここから殺害というモチーフを削除し、月ではなく太陽準拠でわかりやすく物語化・説話化されたものが、ペルセフォネの冥界のお話です。ペルセフォネが冥界の王ハデスの妻になり、一年間の半分を冥府で、もう半分を地上で暮らすことになり、これが四季を産んだというものです。

実際に、デーメーテルとペルセフォネの信仰は古い土着信仰が元になっており、ギリシア神話然としたこの物語は、ギリシア神話に編入されて以後のものであるのでしょう。古いデーメーテルとペルセフォネ信仰では、月の象意が現れます。

 

ただの栄枯盛衰の反映であれば殺害を儀礼的におこなう必要は無いのですが、農業では必ず植物の殺害行為、または家畜の殺害行為が付随します。

多くの場合、太陰暦にはこのような信仰が関与しています。

これはアフリカでも同様で、エチオピアの部族ホールの女性は、結婚式で儀礼的殺害をされます。実際に殺害されるわけでは無く、割礼の形式をとりますが。

 

この類型説話は日本神話内にも存在し、それが「古事記」のオオゲツヒメであり、「日本書紀」のウケモチノカミの殺害です。殺害された女神の体からは五穀が仮生するのです。

 

 

占星術はその成立過程に「生殖」と「殺害」の概念を含みます。

これは柔らかく言い換えれば「種まき」と「収穫」です。

クリフォード・ハワード「性の崇拝」(1922年)では、人間…というか西洋人は文明化の過程で必ず「性」とか「犠牲」のような暗部を詩的表現に変えて隠ぺい表現する旨を述べています。

 

占星術がその成立基盤を太陰暦とするのであれば、この「生殖」と「殺害」の概念は必ずその成立の過程に存在するからです。この「殺害」は時に「排泄物」である場合もあります。どちらにせよ意味は似ています。死体と排泄物、それは終わりの形態で、どちらも畑に撒くものです。

 

ただし、これは太陰暦がはじまりであったでしょうが、太陰暦に限った話ではありません。太陽暦、太陰太陽暦、どれにしても太陽なり月なりの循環を重視し、それらは植物の大小の生育過程を反映します。

月の運行は、植物の短期的生育過程を。太陽の運行は、四季を。

 

農業には産む事と同様に収穫が伴う


「非定住の狩猟採集民は平和で友好的だが、定住する農耕民にはヒエラルキーがあり暴力的性質が認められる。」

という言説は、よく聞きます。

 

キラーエイプ仮説と言う有名な言説があるのですが、これは、人類は先天的に殺し合う暴力性を持っているというものであり、今これをそのまま鵜のみにしている人はあまりいないでしょう。

しかしこの説は一部ではよく支持されており、結果的に富裕層・支配者層を否定しやすいからでしょう。

実際この説は、人類学的に一般論と言う方もいます。

 

 

これには考慮すべき点があります。

 

ふくだぺろ「(元)狩猟採集民の日常的暴力実践 ルワンダ北西部のトゥワを事例として」(2021年)では、

また〈暴力〉は人類学が「語ることを避けてきた」「語る側に覚悟を必要とする」テーマとされてきた。対象となる人々が「蛮人」であるという誤解や偏見を生んだり、そうした成果が統治者によって利用され、収奪を正当化されうるという政治的な繊細さなどが主な理由に挙げられる。(中略)暴力や戦争に関する人類学的、考古学的な研究が一挙に進んだが、人間性と暴力をめぐる対立する学際的な議論に巻き込まれがちであり、依然、繊細なテーマである。一方には人類誕生から戦争は存在したとするRichard Wrangham に代表されるタカ派が存在し、他方に戦争は複雑な社会構造と密接した歴史の浅い営為であるとするDouglas P. Fryのようなハト派が存在するが、人類学においては狩猟採集民社会を平和と結びつける後者の視点がデフォルトであり、アフリカの狩猟採集民研究も例外ではない。

 

と述べています。これは、人道的配慮の結果として「狩猟採集民は平和主義者だ」という落としどころになっている傾向がある、とも受け取れます。

 

この狩猟採集民が本当に平和主義者だったのかという問題は、画一的に語れる問題ではなく、グラデーションのある問題だと思われます。

松本直子「狩猟採集社会における戦争― 集団間の暴力を促進/抑制する要因について考える」(2018年)においても、狩猟採集民が殺戮をおこなわないわけではないという点を述べています。 

 

例えば少し視点は変わりますが、西洋人はなぜ、現代の価値観から考えて残忍と思われるような奴隷貿易や出征などをおこなうことができたのか。という疑問に対し「小麦の収穫高が低く、比率として各個人が屠殺を行なう機会が多かったからだ。」という説があるのですが、これも確証のある説ではありません。

しかしこれは暗に、狩猟民は残忍な行為に慣れていると言っているわけです。

 

では農耕民は残忍ではないのでしょうか。

 

まとめ:収穫とは、殺害である


アードルフ・E・イェンゼン「殺された女神」(1977年)では農耕民が、殺すことも殺されることも、現代の私たちの価値観からは遠く及ばない程かけ離れて「軽い」ことが語られます。

 

これはJustus M. van der Kroef「Some Head-Hunting Traditions of Southern New Guinea」(1952年)でも語られます。

(原文)

For this small group of people of New Guinea, the hunt has a religious meaning as well; it is a necessary part that the individual plays in the never-ending process of being born, reaching maturity, and dying. The hunter may die, but the heads he has captured ensure that the names of the dead will be borne by those who come after them and so an element of immortality is attained. Their memory will not end with their death, since their names will live on.

(日本語訳)

ニューギニアのこの小さな集団にとって、狩りは宗教的な意味も持っている。それは、個体が生まれ、成熟し、死んでいくという終わりのないプロセスの中で、必要な役割を果たすということである。首狩り人は死ぬかもしれないが、彼が捕獲した首によって、死者の名は後世の人々に語り継がれ、不滅の要素が達成される。彼らの名前は生き続けるのだから。

 

ここだけ見ると狩猟民みたいに思えますが、これは原始的農耕文化圏の話です。

アードルフ・E・イェンゼンの出した結論もほぼ同じです。

 

 

また、Aerts Theo「MELANESIAN GODS」(1980年)では、純粋な狩猟採集民が殺害に対し「申し訳なさ」の感情を強く表現することに対し、たとえそれが単純な園芸程度であっても農耕文化を持つ民族の場合「仕方ない」「必要だった」程度の軽さを孕むということを述べています。

 

農耕民族は太陰暦と月の循環思想に纏わる創世神話を持ちます。

この循環は、生死の終わりのないプロセスを描いており、人間はその中のひとつの歯車であり、歯車には歯車の役割があります。

生まれて死ぬことは、当たり前の事です。自分も他人も生を享受したのであれば等しく死が訪れるし、死は循環の重要な更新時期ではあるけれど、「なくてはならないもの」でもあります。人は絶対に死ぬ。若くして殺されたとしても、それが循環の中の役割だと考えます。もしくは魂は不滅で、また生まれて来るだけの話なのです。

それが、循環するということです。

 

これこそが、日本人が語る「儚い」という美徳であると、哲学者である唐木順三は説きます。唐木は「儚い」という言葉の語源が、田植えや稲刈り(農業)に由来すると説明し、人間の生死は無常であるとします。

 

無常であるから、だから殺すことと産むことは等価値です。

なんなら文化圏によっては、儀礼的殺人は出産と同様に賞賛されるべき事なのです。

 

インド占星術にはこれが顕著に反映されており、1室から見た12室は前世で、12室から見た1室は来世です。感受点である龍頭ラーフと龍尾ケートゥ(西洋占星術でのドラゴンヘッドとドラゴンテイルに相当します。)にも同様の考え方を持ちます。

エジプトでは太陽神ラーは舟に乗って永遠に昼(現世)と夜(冥府)を循環し続け、十二支も十干も、種子は永遠に芽生えと滅を繰り返します。これは四柱推命という命術でも同様です。

当然、そのような名残は薄くなっていても、西洋占星術でも星々に見立てられた命は循環します。

 

 

最近は西洋占星術のブームなので、新しい手法が色々提唱されています。刷新・進化はいつの時代でも何であっても常に行われます。これもまた循環であり、無常です。

しかし新技術は面白いのですが、占星術の基盤に何があるのか、という考え方を改めて知っておくのもいいんじゃないでしょうか。

 

何故なら占星術はやっぱり統計学ではなく、宗教思想上の生死観をベースにしているからです。どのような形であれ占星術をおこなうとき、その終わりのないサイクルの中には、私やあなた自身も組み込まれているからです。

 

ちなみに、キツネは太陽天秤座・月魚座、オオカミは太陽蟹座・月天秤座なので、太陽星座以外も考慮に入れると相性の結果はガラっと変わって「良い」ということになります。

「「占術」とは何なのか?占いの基本」

占いをするための方法「占術」って一体何?どんな種類があって、何を占うことができるのか?

三大占術と呼ばれる「命術・卜術・相術」+αの基本的な解説です。

 

「「十二支(じゅうにし)」と陰陽五行説」

十二支と言えば、子丑寅…の動物が有名ですが、その本来の意味はあまり知られていません。

今回は十二支本来の意味等について比較的ゆるく解説します。

 


参考文献

Aerts Theo「MELANESIAN GODS」(1980年)

アードルフ・E・イェンゼン「殺された女神」(1977年)

唐木順三「無常」(1964年)

クリフォード・ハワード「性の崇拝」(1922年)

ふくだぺろ「(元)狩猟採集民の日常的暴力実践 ルワンダ北西部のトゥワを事例として」(2021年)

松本直子「狩猟採集社会における戦争― 集団間の暴力を促進/抑制する要因について考える―」(2018年)

Justus M. van der Kroef「Some Head-Hunting Traditions of Southern New Guinea」(1952年)

タイムズ通信社「New astrological sign: Professor finds horoscopes may be a little off kilter」(2011年)

森谷リリ子「占星術の起源」(2010年)